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盗聴されない暗号は可能か?

量子テレポーションと量子暗号

 「テレポーテーション」という何となく怪しげな言葉を聞いたことがないであろうか。「テレポーテーション」とは、人や物を瞬間的に遠隔地に移動させる手法で、SFの世界では古くからあるアイディアである。スタートレックの転送技術も、残念ながら将来実現するとは到底考えにくい。しかし1990年代に入ってから微かだが光明が見えてきた。それが量子テレポーレーションで、 この10年ほど盛んに研究が進められてきた「量子情報」分野にみられる特異な現象なのである。

 現在の情報社会を支える通信、コンピュータ、インターネットなどの情報技術では、すべての情報は0と1の2つの数字からなるビットと呼ばれる単位の系列によって表現され、この系列間の遷移によって情報の伝達や処理が行われる。一方、 ミクロな世界での原子、電子、光子などの「量子」は、通常私たちが体験する力学とは異なる量子力学に従って運動している。私たち人類の技術は、 この十数年でいまや量子という極微な粒子を直接操作する段階に入りつつあり、情報科学も量子力学と結びついた量子情報科学の分野として研究が進められている。さらに量子力学の原理を活用した次世代のコンピュータ(量子コンピュータという)であれば、さらに超高速な演算処理が可能になると予想されている。そんな量子コンピュータがもし完成した暁には、現在インターネット等で使われている暗号もたちまち破られてしまうことが証明され、機密保持の観点からも各国がこぞって研究にしのぎを削っている。

 量子テレポーテーションとは、情報の送り手(アリスと呼ぶ)が、遠隔地にいる情報の受け手(ボブと呼ぶ)に、ある粒子の量子状態(物ではない)を瞬時に伝送する方法である。そして面白いことに、このアイディアは情報を安全に伝達する「量子暗号」としても使えることがわかってきたのだ。粒子を観測した場合、その量子状態にまったく変化を与えずに行うことができない。もし経路の途中で量子状態の観測(=盗聴)が行なわれると、その量子状態に変化が起きてしまい、情報の読み出しができなくなり、途中で盗聴が行なわれたことがアリス、ボブに確実に知られてしまう。そのため、粒子の量子状態としてデータを運ぶ「量子暗号」は盗聴されたことが必ず検出できる究極の暗号技術といえる。この仕組みを利用して、アリスがボブに秘密鍵を送れば、絶対に盗聴されない安全な量子暗号になる。現在、光ファイバーによる量子暗号の実験の成功例が報告され、実用化への研究が進んでいる。量子力学の原理を活用することで、十数年後には、コンピュータやインターネットの世界もがらりと様変わりしている可能性がある。量子テレポーションをもっと詳しく知りたい方はここ